芝大神宮 [むかしむくれて]
〇芝大神宮(芝神明宮・飯倉神明宮)
港区芝大門1-12-7
☆飯倉神明社・飯倉神明・芝明神
九月十一日~十五日が祭礼。 九月になると社内には、見世物・曲馬・力持・吹矢などの見世物小屋が立ち並び、曲独楽・軽業などの興業がはじまり、多くの露店が出た。 とくに薑売り(生姜売り)が多かったので「目かち薑」・「目くされ市」ともよばれた。 この賑わいが九月下旬まで続いたので「神田のだらだら祭」とよばれた。
山王祭 [むかしむくれて]
〇日枝神社
千代田区永田町2丁目10番5号
☆山王祭
元和元年六月十五日にはじまった。 道路の両側ませ垣を作り・高張り提灯を立て、軒先に提灯を並べ・造花をさし・幕をかけ・軒下に青い丸竹の欄干を作り、囃子台では組神楽・手踊りを催した。 町家では、つくり庭・酒樽・菓子・蒸篭・魚の番台桶を積み上げ、さらに茶船・荷足船・天満船をのせ造花で飾り、たくさんの提灯をともした。 なお、十四日から十五日夜まで武家は外出禁止。
※神田社の祭りと隔年ごとに行われた。
陀羅尼助 [むかしむくれて]
☆陀羅尼助(あほにだら・あほんだら・あほだら)
大阪には「陀羅助」という、極めて苦い健胃整腸薬があったらしい
☆陀羅尼助・お百草・煉熊(だらにすけ・だらすけ)
キワダの樹皮から作った健胃整腸薬、全国各地にあった。 僧侶が、陀羅尼経を誦するときの眠気予防として用いた、のがはじまり。 大和国吉野洞川産が有名。
牡蠣船 メモ [1960年代]
☆かき船・堀川
元禄元年安芸国草津村・仁保島村に養殖蠣仲間株ができ、大阪での蠣販売が許可された。 延宝年間堀川にて蠣船営業、宝永年間独占営業許可。
宝永の大地震の際、東堀川高麗橋下の蠣船船頭が高札が燃えるのを防ごうと・船に積み込み大川へ非難した。 これに感激した町奉行が、この船頭が属する株仲間広島に営業独占権を与えた。 かくして、かき船の営業は「広島」が独占することとなった。
うつろ船 [むかしむくれて]
北里柴三郎 メモ [さいたま]
明治二十五年十一月大日本私立衛生会が伝染病研究所を設置、明治三十二年四月国立伝染病研究所設立・私立衛生会を併合、大正三年十月文部大臣管理下となり、大隈内閣が内務省所管から文部省に移管し、大正五年三月東京帝国大学内(白金台)に附置された。
一方、移管に反対した北里柴三郎は、大正三年十一月五日官職を辞め・新たに北里研究所(白金三光町)を設立し私立伝染病研究所の後身となった。 大正七年北里研究所は社団法人となり、荏原郡碑衾村に血清製造用飼畜場を設けた。
※福沢諭吉が敷地内に私財で研究室を設け・北里柴三郎に提供し・大日本私立衛生会となった。