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太陽暦(旧暦) [むかしむくれて]

Kawagoe32

新暦
 明治五年十一月布告あり「来月三日をもって、明治六年一月一日とする」。 この結果十二月は二日間で終わり・正月となったため、大混乱だったらしい。

☆新暦
 農村部では旧暦による農作業を続けたので、新暦が定着したのは戦後ともいわれる。 それまでは、一月一日に表向きの正月、家族での正月は二月という具合だったらしい。

☆旧暦(太陰太陽暦)
 明治五年十二月三日をもって、明治六年一月一日とした。 旧暦閏月がある年は十三ヶ月、それが明治六年。 財政難の明治政府、月給を十三ヶ月分払うわけにはいかなかった。

☆太陽暦
 明治五年十二月三日をもって明治六年一月一日となった。 喜んだのは一般庶民、晦日が無いなら借金返済無用・二日間働いて月給は一ヶ月分もらえる。  そこで政府は考えた、「十二月一日と十二月二日をまとめて十一月三十一日とし、十二月は無かったことにする」、よって月給は無し。


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