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西堀氷川神社

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〇西堀氷川神社
 さいたま市桜区西堀8-26-1、048-852-1680

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Nishiborihikawa8_2☆西堀氷川神社本殿
 江戸時代中頃、二間社流造、こけら葺、桁行2.424m・梁間1.667m・向拝の出1.454m、覆屋内。

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☆上の宮と下の宮の争い、さいたま市・浦和西堀・田島
 田島の氷川様と西堀の氷川様は姉妹ながら仲が悪かった。


☆西堀氷川神社・田島氷川神社
 西堀氷川神社は上の宮には妹神、田島氷川神社は下の宮には姉神。 姉神曰く「妹のくせに神の宮、神殿だって大きくて立派..

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田島氷川神社

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〇田島氷川神社
 さいたま市桜区田島4-12-1

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☆上の宮と下の宮の争い、さいたま市・浦和西堀・田島
 田島の氷川様と西堀の氷川様は姉妹ながら仲が悪かった。


☆西堀氷川神社・田島氷川神社
 西堀氷川神社は上の宮には妹神、田島氷川神社は下の宮には姉神。 姉神曰く「妹のくせに神の宮、神殿だって大きくて立派だ」、その不満涙は例祭(秋の節供)にいつも雨をよんだ。(西堀田島の泣き節供)
 下の宮社前の橋、馬に乗ったまま渡ろうとすると人が振り落とされた。 これも姉神が怒ってい..

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館氷川神社

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〇館氷川神社
 志木市柏町3-6-19、048-473-3925

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☆舘氷川神社と椋の木
 昔、天皇の命を受けた坂上田村麻呂が蝦夷征伐に出かけたおり、武蔵野で別の賊と合戦になり、地理に疎い田村麻呂の軍勢は敵に囲まれてしまった。 そこで武蔵国の総鎮守の大宮の氷川神社に戦勝を祈願したところ、近くの林の中に実を鈴なりにした椋の木を見つけることができ、田村麻呂は喜んでその実を兵士に食べさせると、兵士は元気を取り戻し・囲みを解き賊を退散させることができた。 戦勝は氷川神社の加..

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下内間木氷川神社

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〇下内間木氷川神社
 朝霞市下内間木36

 小田原北条家臣伊藤氏が、主家滅亡後この地に落ち延び・三人兄弟が土着したといわれる。

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〇まぐろ家
 上内間木の新河岸川、泳ぎ疲れたカッパの親子が甲羅干しをしてところ、子カッパの姿が見えなくなった。 心配した親カッパは「まんごろうや~い」と叫び続けた。
※黒目川右岸の赤池(溝沼)・亀が淵(浜崎)にも河童伝承があった

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田島神明神社

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〇田島神明神社
 朝霞市田島2-224

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〇田島神明神社
 朝霞市田島2-224
 当社がこの地に勧請された年代については定かではないが、毛呂山町滝ノ入の桂木寺にある桂木観音堂に懸かる鰐口の銘文から、室町中期には既に存在していたことがうかがわれる。この銘文は「奉懸氷河之大明神御宝前之鰐口武州新座之郡広沢之郷浜崎宮 福徳二辛亥九月吉日 願主 太夫三郎太郎敬白」というもので、文中の氷河之大明神は当社のこと、私年号である福徳二年は干支から延徳三年のことと推測される。 当社..

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市場の稲荷社

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〇豊川稲荷神社(市場の稲荷社)・氷川神社
 和光市白子3-27

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Ichibainaric坂の上には、市場峡・市場上遺跡がある。

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赤井氷川神社

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〇赤井氷川神社、川口市赤井488

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☆ブシヤ・ビシャ・オビシャ
 大昔この地に鬼が出没したとき、村人達が力を合わせ鬼を退治した。 これを祀り、鬼顔を描いた的を徒歩で矢を射る祭りとなった。 祭りの後は一升飯を食べた。

※宮司死去により、この例祭は途絶えた。

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 当社は、もともと旧赤井村の村社(飛鳥山権現社)となる。 創建は、鎌倉時代の領主赤井氏(本姓藤原氏)がその氏神たる春日神社、飛鳥権現社及び白山社の三社を祭ったことに始まると伝えられる。 その後、弘化..

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明達寺

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○足立百不動尊札所第九十三番・明達寺
 川口市上青木2-27・氷川神社境内

 古くは玉林院の別当(修験寺)であった。

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般若院跡

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○足立百不動尊札所第八十八番・般若院
 不動明王(不動尊堂)
 川口市青木5-18・氷川神社内

 かつては般若院と氷川神社は同じ敷地内にあったが、明治四年神仏分離令により般若院は廃寺、不動明王を祠に祀り名を残した。

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 般若院は氷川神社の北隣にあったが、廃寺後に神社境内に祠を建て・不動明王を移し祀った。

 氷川神社前(東南側)には足立百不動尊札所第八十九番・大学院があり般若院と並ぶ修験寺だったが、両寺間の争いで消えたといわれる。(般若院・大学院とも氷川神社別当だった)

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鎮守氷川神社

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○鎮守氷川神社
 川口市青木5-18-48、048-252-5483

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Kawaguchi_hikawa3富士塚・富士講

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大間木氷川神社

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○大間木氷川神社
 さいたま市緑区東浦和5-20-2

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 この本殿は、寛文七年に大宮氷川神社本殿が再建されるのに伴い、旧社を買い受けたものと伝えられていました。 平成5年には不審火により損傷してしまいましたが、平成7年から8年にかけて解体修理が行われ、その際寛文七年の棟札が発見されたことから、この言い伝えが確かなものであることが分かりました。
 本殿の形式は一間社流れ造りで、大きさは、間口2.56m・奥行2.45mで、1.96mの向拝が付いています。 屋..

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中山神社

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○中山神社・簸王子社(中氷川神社)
 さいたま市見沼区中川143、048-686-3567

一之鳥居

氷川女體神社 の記事を探す・PC版 )

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☆氷川神社・簸川神社
 武蔵国有数の古社で、崇神天皇時代の創建といわれる。(実際には奈良時代以前)
 氷川神社(男体社)・中山神社(王子社)・氷川女体神社(女体社)と合わせて武蔵国一宮と称せられてきた。 諏訪大社が諏訪湖を取り巻く四神社で形成されているのに似て、諏訪湖にあたるのが見沼である。

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○中山神社御神池..

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芝川第一調節池(古代見沼)

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Shibachousei_11○芝川第一調節池・さいたま市緑区下山口新田他

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○氷川女躰神社の祭礼・見沼の御舟祭り(御船祭 )
 古くこの地見沼で、島の真中に御旅所「四本竹」を設け、神霊が御輿(渡幸舟)で渡幸し沼神祭りが行われた。(写真右奥)
 享保十二年見沼の干拓により御舟祭は不可能となり、神事の形態を改め鳥居下の突端に柄鏡形の土壇を設け・その周囲に池を配し・祭祀の場とし、享保十四年九月八日名称を「磐船祭」として復活した。 しかし、江戸時代の終わりとともに祭は廃止となった。

※四本竹とよばれる地には、古代氷..

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櫛引氷川神社

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○櫛引氷川神社・さいたま市大宮区櫛引町1-653

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☆何処かに素戔嗚尊腰掛松があったらしい…

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[大宮伝説 メモ]

☆カッパの妙薬、 さいたま市・大宮  片腕を切り落とされた見沼のカッパが伝えたのが「カッパの膏薬」。

☆日本武尊腰掛松、さいたま市・大宮浅間  氷川神社に詣でたおり腰掛けて休んだらしい。 他説もある。

☆小豆婆、    さいたま市・大宮  吉敷町安藤橋と、西光院西の道に、目撃情報。

☆徳川家康腰掛松、さいたま市・大宮飯田新田・西光院

☆首無し地蔵、 ..

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駒形神社

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○駒形神社跡・ さいたま市大宮区三橋1

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☆駒形社
 鎌倉時代山口隼人正なる者、この地に流れ着くも乗っていた白馬が脚を折ったため土着し・白馬の霊を祀った。 周辺の畑からは毎年幾つかの白い薩摩芋が穫れ、白馬の変身として社に供えた。 (他説もある)
※並木村(三橋一丁目)より移転、後に氷川神社に合祀。

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☆藤橋、さいたま市大宮区三橋4
 藤のつるで編んだ吊り橋、だいぶ傷んだので村人達は架け替えたいと願った。 そこに現れた旅人、行者となり寄付を集め・托鉢してまわったのち、姿を消..

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大黒院

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○大黒院・黒塚
 さいたま市大宮区堀の内町3-314、048-641-8788

☆黒塚の鬼婆
 足立ヶ原に棲む鬼婆を、東光坊祐慶阿闍梨が鎮めた。 祐慶上人が東国足立ヶ原にて黒塚の悪鬼を呪伏して東光坊と号した。 その後東光寺は移転、黒塚大黒院が残る。 足立ヶ原には女盗賊もいたといわれる。

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☆黒塚の大黒天
 大正時代道路建設のさい、地中より出土したものを祀った。 
※人皇七十代後冷泉天皇の御代永承六年、陸奥の土豪安倍頼時が叛乱を起こした..

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五右衛門橋

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○五右衛門橋・五えん橋
 川口市鳩ヶ谷緑町1-11

の画像を検索 )

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☆五右衛門橋・五えん橋
 橋のたもとには一軒の酒屋、下青木村五右衛門が橋を渡りちょくちょく酒を呑みに来たが・いつもツケだった。 支払いがたまると、催促されないように橋を避けて川の中を渡ったので「五右衛門橋」。

Goemonbashi1952c1952年

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☆灰取橋・灰太郎橋
 下町の灰問屋、浦和から馬の背に灰の入った俵を積んできたが・橋が狭く落ちる馬が続出、そこで灰問屋主人太郎..

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下戸田氷川神社

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○下戸田氷川神社
 戸田市中町1-28-7

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水神社

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○水神社
 戸田市川岸1-7

 古くは荒川端にあったが、堤防改修で移設された。

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○川岸の獅子頭・羽黒権現・水神社
 この二体の獅子頭は、もともとは荒川のそばにあった羽黒権現社に古くから伝えられてきたものと言われています。 明治四十年羽黒権現社が上戸田氷川神社に合祀されたとき、獅子頭は川岸の水神社に移され、今日に至っている。 以前は7月14日・15日(今はその日に近い日曜日)に行われる水神社のお祭りで、この獅子頭を担いでねり歩きましたが、現在は飾るだけになり..

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埼玉伝説 メモ

Omiya_kurozuka9黒塚・潮田出羽守城跡

埼玉県伝説集成(主に県南版)

○馬蹄寺、上尾市平方・馬蹄寺
 吾妻左衛門是好の叔父三輪荘司が死んで馬に生まれ変わった、といわれる。

○片目の氏神、上尾市平方・
 氏子の目は片方が小さいとか…

○平方のお獅子、上尾市平方・
 伊草村の獅子頭が大水で上尾平方に流れ着いた。

○疱瘡石、朝霞市岡・東円寺
 疱瘡に罹ったら枕元にこの石を置くと治る。

○弘法大師掘抜の滝、朝霞市岡・東丹寺付近
 弘法大師が杖で突くと水か湧き出した。

○片目の魚、朝霞市岡・広沢の池..

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口琴

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○氷川神社遺跡・大宮公園内遺跡・氷川神社東遺跡
 さいたま市大宮区高鼻町

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○氷川神社東遺跡

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☆側ヶ谷戸古墳

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☆氷川神社遺跡
縄文時代後期~晩期(約3000前~3500年前)、環状盛土遺構。   

☆大宮公園内遺跡
 弥生時代後期(約1800年前)に竪穴式住居・方形周溝墓が、小高い台地の上につくられた。

☆氷川神社東遺跡(現野球場付近)
 平安時代の集落、縦穴住居跡四十二軒・掘建柱建築跡四十二棟、小金銅仏・口琴・銅鈴・銭貨・鉄斧など出土。 氷川神..

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一夜塚古墳跡

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○一夜塚古墳跡
 朝霞市岡3-16

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○膝折第二尋常小学校跡

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○氷川神社  朝霞市岡3-15

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☆一夜塚古墳出土遺物
古墳時代
鏡、鉄製武器、鉄製馬具、埴輪、土器

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Asaka_yatsukac八塚古墳・1964年

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下新倉氷川八幡神社

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○下新倉氷川八幡神社
 和光市下新倉3-13

 寛治年間創立ともいわれる。 富士塚(富士山)がある。 神社南地は、東輝学校跡地。

氷川神社 の画像を検索 )

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銅鳥居

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○銅鳥居・金刀比羅宮
 港区虎ノ門1‐2‐7、03-3501-9355

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☆港区建造物メモ

○奴地蔵(槍持勘助墓)1基、愛宕2‐4‐7・青松寺
○ガス創業の地、海岸1‐5‐20・東京ガス株式会社
○肥前佐賀藩主鍋島家墓所、元麻布1‐2‐12・賢崇寺鍋島家
○善福寺本堂、元麻布1‐6‐21・善福寺
○銅鳥居1基、虎ノ門1‐2‐7・金刀比羅宮
○百度石1基、虎ノ門1‐2‐7・金刀比羅宮
○石造閻魔王像(こんにゃく閻魔)、虎ノ門3‐10‐8・興昭院
○明和..

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大久保神社

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○大久保神社
 さいたま市桜区宿69

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☆大久保神社本殿並びに境内社豊栄社本殿及び稲荷社本殿
 大久保神社本殿 江戸時代、天明4年棟札。 一間社流造、銅板葺、桁行1.820m・梁間1.640m・向拝の出1.550m。 旧宿八幡宮本殿。
 豊栄社本殿 江戸時代、嘉永2年。一間社流造、銅板葺、桁行1.300m・梁間1.050m・向拝の出0.970m。 旧白鍬氷川神社本殿、志村弥五郎が造立。
 稲荷社本殿 江戸時代終り頃。一間社流造、桟瓦葺、桁行1.520m..

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太田窪氷川神社

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○太田窪氷川神社
 さいたま市南区太田窪2767

※南東に円正寺遺跡(弥生時代住居跡五基)

さいたま市南区 について

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☆太田窪氷川神社本殿
 一間社流見世棚造、目板葺、桁行1.520m・梁間1.390m・向拝の出1.240m、特徴的な垂木、覆屋内、江戸時代初期のものと考えられる。

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野田氷川神社

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○野田氷川神社・照光寺持
 さいたま市緑区上野田78

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○照光寺
 さいたま市緑区上野田156

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与野伝説

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さいたま市中央区(旧与野市)

○安養山円乗院(円乗院・安養山西念寺)
 さいたま市中央区本町西1-13-10
 古く浦和道場から移転。 賢明法印が中興開山、江戸時代は幕府から寺量十五石の御朱印地をもらっていた。

伝説 について

○円乗院・あみだ様とヘビ
 喉の痛みに悩まされた歴代の住職、ある時夢の中に白衣の老人が現れ・物置の長持を見るように告げた。 物置に放置された長持、その中には阿弥陀様・その首には白蛇が巻きついて死んでいた。 そしては、阿弥陀様を本堂に奉り・白蛇は木箱に納められ..

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下落合氷川神社

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○氷川神社・かさもり様
 さいたま市中央区下落合5-4

 笠間氷川大明神・笠間大明神・氷川神社ともよばれる。

明神様 について

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 永承六年源頼義が、阿部一族が勢力を張る陸奥国鎮定に向かうさい、夢枕に「武蔵国足立郡下落合の社にある石笠を有すれば必勝疑いなし」。  源頼義が陸奥国を鎮定すると(前九年の役・康平五年)、凱旋途中この石笠を返納したといわれる。

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○貞樹山観智院長伝寺
 さいたま市中央区本町東5-13-13

 創建不明、天正年間普光観智国師が川越蓮馨寺から来て・浄土宗..

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大谷場氷川神社

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○大谷場氷川神社・雉子の氷川さま
 さいたま市南区南本町1-9

 江戸時代初期に焼失し創建不詳。 かつては雉子が棲みついていた。

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※この付近は、大谷場貝塚跡地。

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柳崎氷川神社

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○柳崎氷川神社
 川口市柳崎5-20-1

※柳崎は八木崎ともいわれ、見沼に突き出た台地であった。

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☆柳崎氷川神社本殿
 これは、簡素な見世棚造りで、装飾及び技法に簡素を意匠とする特徴が見られます。 丸桁・棟木の舟肘木は、一木より造りだしです。 木階は七段と多く、この地方の木階の見世棚造としては珍しいものです。

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九重神社

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○九重神社
 川口市安行原2042・密蔵院持

 享保年間密蔵院中興第十六世法院栄尊が武蔵一宮氷川神社を勧請、明治の神仏分離後、領家新明社・慈林氷川稲荷・籐八菅原社・吉蔵八幡社・北谷稲荷社・花栗稲荷社・苗塚稲荷社・小山氷川社など九つの村社を合祀。
※此地久保山は、平将門が砦を築いたと伝えられる。

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○安行原の蛇造り
 安行原蛇造り保存会・川口市安行原2680-1
 毎年5月24日に五穀豊穣・天下泰平・無病息災等を祈願して、旧原村の小清水・半縄・..

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旧浦和宿本陣表門

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○旧浦和宿本陣表門・大熊家表門
 さいたま市緑区大間木202

 江戸時代終り頃。 薬医門・切妻造・桟瓦葺・桁行2.750m・梁間1.790m。 元中山道浦和宿本陣星野家の表門・唯一の本陣遺構、明治初年現在地に移転。

本陣 について

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○旧浦和宿本陣表門(大熊家表門)
 さいたま市浦和区仲町2-6、仲町公園・明治天皇行在所跡
 浦和宿本陣星野権兵衛家の表門、明治初期大間木へ移設。

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☆浦和宿
 本陣一(星野権兵衛家)・脇本陣二・旅籠十五。
 本陣表門、..

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氷川女体神社

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氷川女体神社
 さいたま市緑区宮本2-17-1

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☆氷川女體神社社殿
 武藏国一宮。 社殿は、本殿と拝殿を幣殿でつなぐ複合社殿。 本殿は江戸時代寛文7年・三間社流造・こけら葺(現銅板葺き)・桁行3.465m・梁2.260m・向拝の出1.364m。 拝殿は江戸時代中頃、入母屋造・桁行9.450m・梁間4.560m。
※依石、神山を拝する祭祀の場に埋められた神霊を依りつかせる石。

○武蔵一の宮氷川神社
 古くは、男神の氷川神社(須佐之男命)・女神の三室氷川女躰社(稲田姫命)・女神の川簸..

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入谷氷川神社

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○入谷氷川神社(八幡社)・入谷古墳跡
 足立区入谷2-25-2

 567㎡の円墳(一部)が残る。

氷川神社 について

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伊興氷川神社

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○伊興氷川神社(淵の宮)
 足立区東伊興2-12

 古くこの地は入江に面していた。 周辺は伊興遺跡であり、東隣には金塚古墳があったといわれる。

伊興遺跡 について

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錫杖寺

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錫杖寺
 川口市本町2-4-37

○宝珠山地蔵院錫杖寺
 鎌倉時代に願行憲静法印が錫杖寺開山、弘安年間布教のため川口に錫杖寺開山。 そのご衰徴するも願行憲静法嗣有鎮が中興開山。  江戸時代は、日光御成街道に面しているので歴代将軍の御膳所だった。
※本尊延命地蔵菩薩像(寄木造り)は、右手に錫杖・左手に宝珠を持ち蓮華座に坐る。

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○本堂
 嘉永五年本堂焼失、徳川家光が品川御殿館を下賜し錫杖寺再建。 1975年コンクリート造りとなった。

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○御成門・あかずの門
 寛永三年、三代将軍家光..

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朝日神社

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○朝日神社
 川口市木曽呂193

 室町時代に氷川様として奉られたといわれる。 明治四十年、源左衛門新田・東内野・道合・神戸・在家の氷川様が合社した。 
※十月十日が大祭だったので朝日神社とも。(朝を分解すると、十日十月)

氷川様 について

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 応永三年氷川神社として創建、慶応三年社殿再建、明治六年神仏分離により薬王寺管理下から村社、明治三十年十一面観音を薬王寺に移した。
 明治四十年以降、木曽呂・東内野・源左衛門新田・神戸・安行領在家・道合の各神社を合祀、大正二年朝日神社と..

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吉峰神社

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○吉峯神社(首無し地蔵・道光塚)
 川口市源左衛門新田122

について

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 天正頃、戦いに敗れ落ち延びこの地に住み着いた一軍が、鎧・兜・刀など武具を埋め土を盛って隠し「正一位稲荷大明神」としたのが大塚ともいわれる。 その後木曽呂氷川神社に合社、塚の隣に吉峯神社をつくり地蔵を祀った。 この地蔵には、いつの頃からか首が無く・「首無し地蔵」とよばれ、疣に良く効くといわれた。  五月十五日疫病払い・九月二十九日豊作祝いが祭られた。

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○大塚古墳・古峰神社遺跡..

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足立区立郷土博物館

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○足立区立郷土博物館
 足立区大谷田5-20-1、月休、03-3620-9393

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Adachi_rekishi2肥溜

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Adachi_rekishi3半白きゅうり

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Adachi_rekishi4千住ネギ

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☆赤羽邸長屋門(金武屋敷)・島根4-18-5
 島根村名主牛込家長屋門。 近くに島根古墳庚申塔あり。

☆歌川広重(安藤広重)の墓碑と祈念碑(東岳寺)・伊興本町1-5-16
 東岳寺は浅草より移転。

☆えば地蔵・加平1-1 
 元禄八年綾瀬川拡幅工事中に発見された。 いぼ取りに御利益、願果たしは塩。

☆松尾..

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舎人氷川神社

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☆舎人氷川神社
 足立区舎人5-21

 正治二年、武蔵国一の宮を勧請し須佐男神を奉った。 境内に円墳があったとい われる。

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☆舎人氷川神社
 神社の本殿は総欅造り、柾目の素材を使用し、屋根は唐破風の流し造りです。一面に施された精巧な彫刻(昇龍・降龍・唐獅子・牡丹・八岐大蛇退治・天の岩戸開き・天孫降臨等)は、区内屈指の神社建築(足立区登録文化財)で、舎人町・入谷村 遊馬村(草加市)の3町村の鎮守です。 また、正治元年に、武蔵野一宮である大宮氷川神..

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白旗塚史跡公園

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○白旗塚史跡公園
 足立区東伊興3-10-14

史跡 について

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☆白旗塚古墳
 都内城東地区に残る唯一の古墳で、昭和58年、開発から古墳を守るために土地を買収して公園にした。
 白旗塚は直径12m・高さ2.5mの円墳で、五~六世紀のものと推定されている。 円墳には松が植えられており、氷川神社の「境外末社」とされる「白旗大神」の詞が祀られている。 円墳の周りには池が造成され、古墳の保護とともに、景観にも配慮されている。 康平五年、源頼義・義家親子が..

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宮合貝塚

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○宮合貝塚・二宮神社
 川口市西立野字宮合1110

 古くは氷川神社、明治四十年長蔵新田稲荷社を合祀、明治四十二年二宮神社に改称。

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○宮合貝塚・二宮神社
 川口市西立野字宮合1110
縄文時代

 径150m程の縄文時代後期から晩期中葉にかけての遺跡で、貝塚は遺跡の北よりの台地縁辺部に径25m程のものが存在しています。 今までの調査により、溝や祭祀跡・方形平地式住居などの遺構のほか、石鍬や祭祀用の精製土器が数多く出土しています。 また、遺跡内の二宮神社付近は盛土遺構の可能性があり..

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猿貝貝塚

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○猿貝貝塚・猿貝北遺跡
 川口市安行805他

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○猿貝貝塚
 川口市安行字宮越990・川口市安行字大元790他

縄文時代
 安行式土器の標識遺跡。 大宮台地鳩ヶ谷支台の東部に位置し、東方から入る谷に面して台地肩部から斜面にかけて形成されています。貝塚は2箇所に認められ、北斜面の貝塚は東西約20m、南北約30m、西斜面の貝塚は東西約50m、南北約40mの範囲に広がっています。 貝類はヤマトシジミ、ハマグリ、カキを主体とする淡鹹貝塚です。

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○安行氷川神社
 川口..

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上大久保氷川神社

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○上大久保氷川神社本殿
 桜区大字上大久保562

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☆二間社流造・桟瓦葺・桁行2.700m・梁間1.890m・向拝の出1.000m。 伝大宮氷川神社旧本殿。 文禄五年建立と記録にある本殿(大間木氷川神社本殿の一代前か)を式年遷宮の際に譲り受けたものと推定。

○上大久保氷川神社
 埼玉大学建設のため移転、大宮氷川神社旧本殿を譲り受けたともいわれる。

○日枝神社・埼玉大学北西
 大久保の大ケヤキ、八百比丘尼が植えた・ハバキ様とよばれていた、などの伝説 が..

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土器の館

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○土器の館
 さいたま市大宮区高鼻町2-305-4、048-644-8131、土日祝休

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さいたま市遺跡一覧

☆天神山古墳
 現在の大宮公園内にあった古墳とされ、周囲に十四~十五の古墳が所在したといわれる。

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○氷川神社東遺跡
 発掘された「口琴」は世界最古ともいわれる。

Kofun_saitamashiさいたま市内古墳分布図
 植水古墳群・側ヶ谷戸古墳群・大久保古墳群・土合古墳群・白幡古墳群・巽古墳群など

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浅間社

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☆浅間社・浅間山
 川口市鳩ヶ谷本町3-20

 延享五年四月、次兵衛子孫彦六が浅間社を千手院に譲った。 浅間社は古木生い茂り、神楽堂・籠堂・御手洗池などがあった。 祭礼名物は、麦藁でつくった「じゃの口・蛇の口」。
 明治四十二年氷川神社に合祀、一部は千手院に保管。

※現坂下二丁目の東、当時の鳥居は氷川神社に移された。
※御手洗池の主が蛇、「じゃの口」の延長が安行原の蛇造り。

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Hatogaya_senjuinc☆千手院・川口市鳩ヶ谷本町3-1 

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☆いぼとり地蔵・沼田堤
 川口市坂下..

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浅間社古墳

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○浅間社古墳跡(仙元祠古墳)
 川口市鳩ヶ谷本町3-20

 古くは前方後円墳があったといわれるが、現在消滅。

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 浅間社、古くは千手院が管理、明治四十年氷川神社と合祀し廃社、1978年千手院に再興。

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○曹洞宗鳩井山千手院
 川口市坂下町2-15-5  
 古くは観音堂、慶安三年に曹洞宗玉龍山法性寺末寺、1970年移転。

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Hatogaya_sengen30正面の森が浅間社(明治三十年代)

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内谷氷川神社

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○内谷氷川神社
 さいたま市南区内谷2-2-17

※宝しょう池、古来日照りの際にも涸れることがなかったといわれる。

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☆内谷氷川神社本殿2棟、氷川社、江戸時代、桁行1.515m・梁間1.364m・向拝の出1.015m、一間社流見世棚造・板葺・向拝付。 同型の小社を2社並列する珍しい例。

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本太氷川神社

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○本太氷川神社
 さいたま市浦和区本太4-3-33、048-885-7412

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☆本太氷川神社旧本殿、慶安三年護摩札一枚
 江戸時代、桁行1.230m・梁間1.002m・向拝の出0.766m、慶安3年の護摩札。一間社流見世棚造・厚板葺・素朴な社殿。
☆本太氷川神社宮殿、室町時代、高さ74.8㎝・木鉾長さ1.67m、宮殿の屋根裏に「宝徳三年(1451)九月十四日」、案に「文安五年(1448)六月五日」の墨書銘がある。

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☆三角稲荷
 さいたま市浦和区本太3-27-1
 三角..

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高虫氷川神社

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○高虫氷川神社
 蓮田市高虫1702

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 氷川神社は、東京都・埼玉県に多く、元荒川を東の限界とし、西は多摩川を限界とした区域にのみ多い神社です(その他の地方では、神奈川県・千葉県・北海道に1社、茨城県・栃木県に2社あります)そしてその多くは、埼玉県大宮市にある大宮の氷川神社の分霊を移し祀ったといわれています。
 祭神は、須佐之男命・稲田姫命・大己貴命の三神です。  須佐之男命は、出雲国簸の川上で八岐大蛇を退治し、稲田姫命を妻と迎えました。 ..

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羽黒権現宮

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○戸田川渡口 羽黒権現宮・羽黒霊泉
 上戸田氷川神社、戸田市上戸田3-20-11

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 上戸田氷川神社の創立は、縁起によると永徳二年と伝え、古くから旧上戸田村の鎮守として祀られてきました。 祭神は、素戔嗚命で、明治六年に村社となり、明治四十年に旧上戸田村にあった羽黒社、道祖神社、山王社、稲荷社などを合祀しています。
 境内には、寛政十年の銘がある石造の大鳥居や、延宝元年十月造立の市内で最も古い庚申塔があります。 羽黒社は合祀されていますが、以前はボートコース下流の水門の付近に..

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氷川神社

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上尾二ツ宮 氷川神社
 上尾市二ツ宮866、048-773-5057

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○氷川神社・遍照院持
 中世の創建、鎌倉街道を隔てて「男体社」と「女体社」があった。 明治初年神仏分離により二つの氷川神社となる、明治四十二年女体社・氷川神社が上尾宿鍬神社に合祀され、男体社・氷川神社だけが残った。

※かつては、境内に湧水池があり雨乞いが行われた。

※「男体社」と「女体社」二つの社があったので、二ッ宮。

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 本殿彫刻は、江戸末期の作と推定される。

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羽盡神社

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羽盡神社
 埼玉県川口市芝5379

 本殿は江戸時代に一宮氷川神社から移築、元治三年再建。
※「はばき」は大蛇のこと。

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○羽盡神社本殿
 川口市大字芝5379-1
江戸時代

 羽盡神社は、芝の鎮守社であり、建武2年の神宝「秋草双雀鏡」から、創建は南北朝の頃まで溯ると思われます。 当本殿の建立年代は定かでないが、「氷川移し」と称し、江戸時代初期に武蔵一ノ宮氷川神社より材を譲り受けて移築したとの言い伝えがあります。 本殿は、一部に江戸中期以降の意匠も見られるが、周辺氷川神社との比較から..

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焼米坂

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焼米坂・浦和坂
 さいたま市南区白幡

 古くは、旅人に焼き米を売っていたといわれる。

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Urawa_yakikome1(ここより浦和町となったので浦和坂)

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Urawa_yakikome8武蔵野線トンネル

○根岸遺跡
 焼米坂東側・武蔵野線下。
※大谷場貝塚は南浦和駅南側、その西側に一ツ木遺跡。 大谷場氷川神社に貝塚の名残。
※約六千年前、浦和市域の2/3は海面下だった。

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Urawa_yakigomet焼米坂(大正時代)

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氷川女体神社

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氷川女体神社
 さいたま市緑区宮本2-17-1

 見沼を囲み、大宮氷川神社を男体社・中山神社を王子社・氷川女体神社を女体社、ともいわれる。

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氷川神社 について

さいたま市緑区 について

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○案山子の碑・唱歌「案山子」発祥の地
 唱歌「案山子」を作詞した武笠三、氷川女体神社神主家系といわれる。


☆案山子・おどし・かがし
 古くは、獣肉を焼炙り・串に刺して立て、臭いをカガシメて鳥獣を追い払った。 地方によっては、人毛髪など。

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志木郷土資料館

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志木市役所 郷土資料館

月休・志木市中宗岡3丁目1−2 ・048-471-0573


☆志木
 古くは、新座郡志木郷。 もっと古くは、新羅郡。

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☆志木駅
 新座市東北2-38
 最初は志木市にあったが、2000年志木駅周辺再開発・東武東上線複々線化・東京メトロ有楽町線相互乗り入れ…、気が付いたときは新座市に移動していた。


☆しきの伝説
 浪人坂・三ツ子稲荷・哀れな石屋のはなし・助右衛門と白狐・陣場・悪疫退散のお地蔵さま・休み塚・ほっぺたの黒いお地..

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十日市

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十日市@大宮氷川神社

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大宮氷川神社

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大宮氷川神社
 さいたま市大宮区高鼻町1-407、048-641-0137


☆大宮
 「大いなる宮居」は氷川神社のこと。

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川口神社

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川口神社(川口市金山町6-15)

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☆神鏡
 井沢弥惣兵衛為永の配下にあって見沼溜井造成工事を担当した杉島貞七郎保英が奉納したものです。 保英は川口宿の宇田川定盛の子として生まれ、小普請組杉島不一の養子となり小普請組に属し、鎮守である氷川神社に工事の完成を祈願し、祈願が成就したことにより奉納されました。 直径30㎝・厚さ0.5㎝、裏面には「奉納・御寶前・武州川口町鎮守・杉島貞七郎花押」、中央には「氷川大明神」三つ巴文とともに、「享保十八年癸年九月吉祥日 中村因..

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三ツ和氷川神社

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三ツ和氷川神社(川口市三ツ和3-22-2)

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算額(享和四年)

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☆和算・算額
 江戸時代初期算学者関孝和による関流算学。

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○享和四年銘算額
 氷川神社・三ツ和3-22-2
 享和四年に小渕村の七名が奉納した算額です。 和算の問題と解答が記されています。 問題は土木技術に応用される内容で、当時の村民の知識の高さとともに、そうした知識が新田開発等で生かされたことが推察できます。

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○日光社参御小休所図絵馬
 氷川神社・三ツ和3-22-2
 天保十四年十二代将軍..

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新井宿

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Hatogaya61子日宮神社

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Hatogaya63宝蔵寺

Hatogaya64氷川神社

Hatogaya66源長寺

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Hatogaya68法性寺

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黒塚

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黒塚・潮田出羽守城跡(さいたま市大宮区)

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☆鬼婆 (さいたま市大宮区)
 大宮氷川神社東方は「足立ヶ原」、その中にあった黒塚稲荷。

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 ある昔、森の中に住む老婆は、旅人を泊まらしては生血を吸い・人肉を食べていた。 これを聞いた紀州熊本の東光坊阿闍梨祐慶、この地に庵室を造り・二十一日間呪文を修して折伏し、鬼女を石に化した。 この石を埋めたのが黒塚、庵室が東光坊(後に東光寺)。  

※黒塚稲荷は、浦和に移転したらしいが詳細不明。(北武蔵の巻・大宮市史第五巻)
※東光坊阿闍梨祐慶は..

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大宮氷川神社

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氷川神社(大宮)

(伊香保志上巻、大槻文彦、みやま文庫109、1988年)

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大宮公園(1900年頃)


Saitama_hikawa○氷川公園

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☆大宮氷川神社
 古く見沼周辺に居住していた人々に祀られた地主神が、八~十世紀に武蔵氏により祖神として祀られ、やがて武蔵国氷川神社となったともいわれる。

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Omiyakouenc☆大宮公園

Omiyakouen2c☆大宮公園

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御嶽神社

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○御嶽神社、川口市鳩ヶ谷本町3-32
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 明治二十年頃稲垣家が建立、初代寛山霊神。 古く神社前の道は本通り(街道)で賑わっていたが、1927年鳩ヶ谷流山線が開通し人通りは絶えた。  

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☆鳩ケ谷銀映
 戦前は小劇場・戦後(1960年頃)は鳩ヶ谷銀映、後にマーケット、今はない。  前の通り古くは、「出戸の通り(出戸道・草加道・成田道)」とよび、成田山への道標があった。

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Hatogaya_hon3c☆中央マーケット

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☆御嶽経
 江戸中期に秩父..

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カッコメ

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 1910年(実際は1913年)に始まった「おかめ市」、毎年12月23日(鳩ヶ谷氷川神社が埼玉県内最後)に開かれる。 通称「カッコメ」とよばれる。

※101年目であるが、年によっては三の酉まであるので回数はもっと多い。

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☆氷川神社の神輿(須賀神社)
 川口市鳩ヶ谷本町1-6、048-284-3838  江戸時代末期夏祭り用に神輿を造ったが、本陣が搬入を拒否。 さんざんもめたあげく木村屋三田辰五郎が自らの髪を切り・本陣に詫びをいれた。 その時の髪が神輿の中に入っているらしい。

※鳥..

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氷川丸

山田君の世界 日本郵船株式会社 氷川丸




氷川丸→氷川神社→大宮市(さいたま市)→埼玉県→埼玉丸?

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日本郵船歴史博物館

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氷川丸食堂

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参考文献

下記文献などを参考にしています。

100年前の日本、 1億人の昭和史、 20世紀おもちゃ博物館、 365日乗物なぜなぜ事典 自動車・船・飛行機からスペースシャトルまで日本と世界の乗物事始めと記録、 47都道府県・こなもの食文化百科、 47都道府県地名由来百科、 50年のあゆみ:榛名町50周年記念誌、 60年代街角で見たクルマたち アメリカ車編、 60年代街角で見たクルマたち ヨーロッパ車編、 60年代街角で見たクルマたち 日本車・珍車編、 70年のあゆみ 日本車輛製造株式会社..

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