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蕨と渋川公

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 ある昔、木部村の豪族だった木部氏の妻・木部姫(長野姫)が、夫君の活路を開かんと榛名湖に身を投げ、侍女達もそれに続き湖底のカニとなり姫を守ることとなった。  しかしながら木部氏は妻を忘れることができず、榛名湖に出向いて妻の名を呼んだ。 湖底から現れた妻は、「私はこの湖の主です。理由あってあなたの妻となりましたが、湖に戻るときがきたのです」と言うと大蛇となり再び湖底に姿を消した。

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○榛名神社
 榛名神社の祭神は火産霊神・埴山姫神で、五穀豊穣を祈願する講による参拝がさかんだった。 特..

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埼玉伝説 メモ

Omiya_kurozuka9黒塚・潮田出羽守城跡

埼玉県伝説集成(主に県南版)

○馬蹄寺、上尾市平方・馬蹄寺
 吾妻左衛門是好の叔父三輪荘司が死んで馬に生まれ変わった、といわれる。

○片目の氏神、上尾市平方・
 氏子の目は片方が小さいとか…

○平方のお獅子、上尾市平方・
 伊草村の獅子頭が大水で上尾平方に流れ着いた。

○疱瘡石、朝霞市岡・東円寺
 疱瘡に罹ったら枕元にこの石を置くと治る。

○弘法大師掘抜の滝、朝霞市岡・東丹寺付近
 弘法大師が杖で突くと水か湧き出した。

○片目の魚、朝霞市岡・広沢の池..

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さきたま伝説

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☆調神社の七不思議・さいたま市中央区
 神社に鳥居がない・境内に松の木がない(門松もたてない)・兎が神の使いである・日蓮上人が駒を繋いだ欅がある・池に片目の魚がいる・蝿がいない・蛟(みずち)がいない。

調神社 の画像を検索 )

※神が降臨や出陣のさい、誤って転び・松葉や胡麻などで目を突いたので、神は片目だったという信仰がある。 このため、片目の生物は神の眷属として祀られた。 神に供える魚を池に放つさい目印とした、との説もある。
※眼を患った人が願掛けに放ったという説..

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神話伝説 (5)

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○ヤマタの大蛇
 天上から追放されたスサノオは放浪しつづけ、その途中農業神であるオオゲツ姫に出合い食物をもらったが、姫が口や尻から食物を出すのを見て殺してしまった。 そして、姫の頭から蚕が・鼻から小豆が・ホトから麦、が生まれ出た。

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 出雲ヒノ川の川上にやってきたスサノオは、ヤマタの大蛇が毎年人身御供を求めてくるのを聞いた。 そこで、酒を造らせ・これを八つの壺に入れ、ヤマタの大蛇を待った。 そしては、ヤマタの大蛇が酒を飲み・酔って眠ったところを斬り殺した。 この時、大蛇の尾から..

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川越城跡

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川越城中ノ門堀跡
 川越市郭町1-8-6


☆川越
 古くは、河越・河肥。 入間川を渡った所の意。

Kawagoe_fujimiyagura1○富士見櫓跡
 川越市郭町2-15

Kawagoe_nagashima1○永島家住宅
 川越市三久保町5-3

横線540

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☆河越館跡
 鎌倉時代の関東武士のなかで、とりわけて重鎮の位置を占めた河越氏の館跡である。 遺跡は、現在の川越市の北西、入間川西岸に接する平坦地にあり、その東南部を占める常楽寺境内をはさんで、東西約150メートル、南北約200メートルの方形の区画を思わせる高さ1~3メートルの土塁及びその外側の堀..

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毛長神社

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毛長神社
 草加市新里町342

○毛長明神社
 舎人諏訪神社を男神・毛長明神社を女神とし、髪毛を管に納め御神体とした。 後に、髪毛は不浄の物とされ毛長沼に沈めたといわれる。

伝説 について

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 全国でも珍しい「女性の長い髪の毛」を御神体とする神社。谷塚駅の南西約2kmの毛長川沿い(新里町)に鎮座する。創建ははっきりしないが、棟札の写しには享保十年九月二十五日修築の記録があることから、300年ほど前と推定される。 髪の主は素戔嗚尊の妹姫、村の長者の娘など諸説ある。 鳥居は白の御..

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饅頭売

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○饅頭売
 砂糖饅頭・菜饅頭などがあったらしい。
 七一番職人歌合 東京国立博物館


☆饅頭
 蜀の諸葛孔明が孟獲に攻め入ったさい、川の神を鎮めるため人身御供(人の頭)の風習に代わり、肉を小麦粉の皮に包み・顔を描いて川に流した。

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長野原伝説

Ishinashi

(石梨の木)

○「おきゃくまんま」とは米の飯。 お客専用だった。

○「三杯汁は馬鹿がする」といわれた。

○「女のもつべき穴一つ ささんとすれば毛がもじゃもじゃ つばきをつけてねじりこめ」、は針のこと。

○お供えを射ったら中から白い鳥が飛びだし・その家は貧乏になったので、「お供えを射てはいけない」。

○お熊野様の洞窟に鶏を放したら、鶏は越後へ出たといわれる。

○カッパが法印さんに教えたのが「骨接薬」、女人だけが作れたらしい。

○ダイダラボッチが高くしたのが浅間山・残った一もっこ分の土が小..

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榛名伝説

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○榛名湖女人入水
 榛名湖に入水した木部姫については伝説上、その正体は木部宮内輔弾正室・同室竜田の前・同実一室・貞朝室・木部駿河守範虎・長野業政室などいろいろ、その時期は箕輪落城の1563年・神流川合戦の1582年・山名対木部の1585年などいろいろ。 人身御供との見方もある。

横線540透明

○木部井戸(木部の神井・長年寺)は榛名湖に通じている、ともいわれた。

○右京のむだ堀(右京の馬鹿堀・泣き穴)
 宝永六年左京太夫輝貞が、溜堤から取水・榛名北を通り・スルス岩の下にトンネルを堀り..

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太田伝説(2)

Nittayoshisada

○大男が赤城山に腰掛けて、利根川で足を洗い、捨てたキセルの灰が丸山になり、足跡は池になった。

○ダイダラホッチ(デエダラボッチ)が赤城山に腰掛けて、利根川で足を洗い、草鞋の土が落ちて丸山になった。

○大男が米山薬師を背負って来て、金山に腰掛けて、渡瀬川で足を洗い、草鞋の泥が大丸山と小丸山になった。

○ダイダラホッチが金山に腰掛けて、利根川で足を洗い、立ち上がった足跡がすりばち(下浜田・鍛冶谷戸)。

○弘法大師が霊場を創ろうとしたが、金山には九十九谷しかないのであきらめた。

○新田義貞..

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富士見村伝説(勢多郡富士見村、現前橋市)

Akagi

○大沼の主は大きな緋鯉、五十年毎に人身御供が必要。

○覚満法師が、法華経力をもって赤城沼に入水した赤城姫を竜神の座に上げた。(覚満淵)

○唐人が船でやってきたがもう上流に行かれないので引き返したのが、石井の船返し。 一休みしたところが、漆窪の唐人貝戸。

○弘法大師が鉈で薬師如来を彫ったのが穴薬師。

○小沢・金剛寺が火事になったとき、不動様が庭の木に登って避難したが、魂は石井に行ってしまい抜け殻だった。

○漆窪の薬師様を、馬に乗ったまま通ると落馬し・帽子をかぶったまま通ると飛ばされた。

○..

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前橋伝説(2)

Maebashijyou2

○茶店で売っていたはぜ棒が六文だったので、「六文棒」と言う地名になった。

○一揆の首謀者として処刑された駒形茂衛は、広瀬川畔の隠し墓に葬られた。(駒形茂衛地蔵)

○悪疫が流行ったとき、弘法大師が屶で石を刻んだのが屶切薬師。

○利根川を渡るのに着物を腰までまくったので「小島田」。(コシマデ→コジマタ)

○上杉方と武田方が戦ったときに埋められた小判があるらしい。(朝日夕日)

○湯之気曲輪には温泉があったが、屍馬を投げ入れたので水になった。

○源頼朝が鞍を掛けたのが「鞍掛け松」。

○端気川・利根..

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グンマの昔:伊香保町中央石坂の景

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伊香保温泉石段

(伊香保志上巻、大槻文彦、みやま文庫109、1988年)


○伊香保温泉
 33年(垂仁天皇の御代)に発見されたとされる。ただし、たびたびの大火で記録・資料は消失している。

※「二歳忌み」:湯が止まった時に、二才の子供を人身御供したとされる。

Ikaho_51伊香保温泉(伊香保志)

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群馬での暮らし:化粧薬師

Kesyouyakushi

《グンマを話そう》

○化粧薬師(元総社)
 ある昔、蝦夷が攻め込んできた時、上毛野君の祖・荒田別王の第二子・田道の霊が大蛇になり撃退した。 しかしながらその後、大蛇は風呂沼に住み着き、村中を荒らし回った。 これに困った村人は若い娘を人身御供とした。 村が静かになると、娘を薬師様をお祀りした。
 ただ「この薬師堂の前を花嫁が通ると離縁になる」と今なお伝えられている。

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榛名湖

山田君の世界

《グンマを話そう》
 ある昔、木部村の豪族だった木部氏の妻・木部姫(長野姫)が、夫君の活路を開かんと榛名湖に身を投げ、侍女達もそれに続き湖底のカニとなり姫を守ることとなった。   しかしながら木部氏は妻を忘れることができず、榛名湖に出向いて妻の名を呼んだ。 湖底から現れた妻は、「私はこの湖の主です。理由あってあなたの妻となりましたが、湖に戻るときがきたのです。」と言うと大蛇となり再び湖底に姿を消した。(龍という説もある)

※榛名湖の主は十尺もある緋鯉だとの伝説もある。
※..


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