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野本館跡 [さいたま]

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○野本館跡
 東松山市下野本661

館跡 について

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☆無量寿寺
 東松山市下野本662、0493-22-2628
 野本氏が菩提寺として建立、古くは野本寺ととよばれていた。 明治六年利仁学校を開校。(野本小学校の前身)
※藤原利仁の陣屋跡ともいわれたが、野本氏館跡らしい。

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☆七月一日は尻あぶりの日
 岩殿・神戸・金谷などでは、七月一日朝に庭先でスクモリを炊き・皆で尻をあぶる。 こうすれば、魔物にあわない・田に虫がつかない・腫れ物ができない、などと。 また、麦粉で饅頭をつくり、田村麿将軍に捧げる。


☆坂上田村麿
 平安の昔、征夷大将軍坂上田村麿が東征の折りこの地を通り、「岩殿山奥深く住む大蛇が里人を苦しめている」と聞き大蛇退治をすることとしたが、大蛇が見つからない。 そこで、岩殿山の千手観音を祈り続けると夢枕に「鏑矢を作り天上に打ち上げろ」とお告げがあった。 さっそく鏑矢をつくり・大空に向かい鏑矢を放つと、空高く舞い上がり・神戸の山に落ちていった。
 翌六月一日、夏山が突然真っ白な雪におおわれた。 そこで岩殿山に登り見ると、鏑矢の落ちた地には雪はなく・地肌が見えたので行ってみると、大蛇が現れたので弓矢にかけて退治した。
 これに喜んだ里人達は、餅や饅頭を作り将軍をもてなし、この日を祝いとし毎年庭先で火を炊き・饅頭をつくるようになった。
※火を炊くほど寒かった。
※全国的に六月一日は、氷餅・氷の朔日・六月朔日、などの風習があった。

六月一日 について


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