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グンマの昔:揚げ船 [ぐんま]

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○揚げ船(板倉町)
 利根川と渡良瀬川に挟まれた邑楽郡板倉町は、川や沼が多く低地であるため大雨が降る度に洪水にみまわれてきた。 いったん洪水になるとなかなか水は引かず、いろいろな洪水対策が施されてきた。 そのひとつに「揚げ船」があり、軒先や納屋にそこを上にして吊るしていた。 洪水については、「蛙が小便をしても水が出る」とさえ言われていた。

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 西長尾は船底が下、東長尾は船底が上に吊るされたとされる。 地域によっては、水塚と呼ぶ盛土上に非難小屋を建てたりした。

○水塚(板倉町)
 一階は食料保存倉庫、二階は避難場所となる。 一階は、麦俵の上に米俵・大豆を積み、味噌や醤油は樽に詰め縄で柱につないでおく。

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○邑楽群板倉町
 沼が多く蚊に刺されると「オコリ(マラリアの一種)」になるので、治すまじないがあった。
○ドンデンゲエリを三回氏神様でやり、帰りは別の道を通って帰る。(デヌケマンリ)
○新仏のシチホンギ(七本卒塔婆)を取ってきて人に知れぬように病人の枕の下に入れる。

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