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グンマの昔:高橋でん [ぐんま]

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○高橋お伝
 1850年利根郡下牧村に生れた。1867年親戚の高橋代助の二男波之助と再婚したが波之助はハンセン病を患い、療養のために1872年神田馬喰町の武蔵屋治兵衛方に止宿した。ここでお伝は姉のかねと出会い、姉の知人の内山仙之助からもらった薬を波之助に服用させたところ容態が急変し1872年8月18日亡くなった。

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 その後お伝は小川市太郎と同棲生活を始めたが、姉のかねが内山仙之助に殺害されたことを知る。 一方波之助の療養費などが嵩んだ結果生活は苦しく、止むなく古着屋の後藤蓄蔵から借金をしたが、その後藤が姉を殺害した内山仙之助の変名であることが判明し、その復讐を企むこととなつた。
 お伝は後藤に対し、1876年8月26日浅草蔵前の丸竹旅館で逢うことを約し、同所で落ち合ったところで後藤を殺害した。二日後、古着新富町で捕えられた。 東京裁判所の裁判の結果、死刑の判決を受けて即日市ヶ谷監獄の刑場で八代目首斬り浅右衛門によって斬首された。明治十二年一月三十一日のことで、お伝は三十歳七カ月であった。これがわが国での斬首による女の刑死の最後となった。


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